31名の尊い犠牲を忘れないで!(戦争を風化させないための平和劇から)
79年前の3月27日、ここ朝倉市ではB29の爆撃によって、頓田の森に逃げ込んだ旧立石国民学校の児童31名が犠牲になりました。
この悲しい事実を忘れてはならない、風化させてはならないとボランティアの市民団体が8月に市民平和祭を開いています。コロナ禍で久々の開催となりましたが、今年は平和劇『晴れのち、ゆめ』が上演されました。
信頼する先生と子どもたちが楽しく歌の練習をしています。
そこに赤紙(召集令状)が届きます。出征する先生の苦悩、葛藤。寂しさ、悲しみを押し隠し、明るく送り出す子ども達。戦地でも子どもたちを思う先生。
戦地で頑張る先生を思いながら明るく生きようとする子どもたちに、戦死の連絡。召集令状を持ってくる赤紙配達員は、戦死の連絡にも苦悩します。
ところが、悲しいときも辛いときも笑顔で生きよう!という先生の言葉を守り懸命に生きようとする子どもたちのもとに、空襲警報が!集団下校になり、逃げこんだ頓田の森に空襲が。誤爆で子どもたちは命を失くしてしまいます。
▲空襲警報に頓田の森に逃げ込んだ子どもたちの場面
そこに奇跡的に助かった先生が帰ってきて、子どもたちが犠牲になったことを知るのです。戦地に送られてきた子どもたちからの夢の手紙。一人一人の素敵な夢が読み上げられますが、戦争は子どもたちの命も夢もすべて奪い去ります。残された人に悲しみを残すだけなのです。
終始、涙がこみ上げ、マスクはぐちゃぐちゃになりました。子どもたちの、先生の、そして配達員等の言葉一つ一つに涙が止まりませんでした。これほどに戦争は恐ろしく、悲しいものなのです。悲しみしか生まれません。
ではなぜ朝倉市が空爆を受けたのでしょう?
朝倉市は、旧陸軍太刀洗飛行場のある東洋一の軍都だった地域に隣接しています。ですから空爆を受けたのですが、頓田の森への空爆は、誤爆だったのです。誤爆で何の罪もない子どもたちが…
▲空襲で倒れた子どもたちの場面
そうです。戦争は、何の罪もない人々が犠牲になるのです。79年の昔のことだけど、昔のことではないのです。
今も世界各地で戦争や内紛でたくさんの人が命を奪われています。戦後以降、戦争をしていない国、なんと日本を含めて8か国しかないのです。
日本も、近年軍事費が異常に高くなっています。戦争のできる国になろうとしているように思えてなりません。しっかり戦争の恐ろしさ、悲しみを語り継ぎ二度と戦争をする国にしてはなりません。
参考
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO82329830T20C15A1EN2000/
https://graphtochart.com/public-sector/japan-military-expenditure-of-gdp.php#: