Profile
yoccatta TOKYO
(ヨカッタ トーキョー)
・株式会社マヌー代表
伊藤 卓哉(TAKUYA ITOH)
1959年 長崎県長崎市生まれ。
桑沢デザイン研究所卒業、三宅デザイン事務所・ISSEY MIYAKEで服飾デザイナーとして勤務した後独立。
2000年 有限会社クーヤデザイン・ku:ya designを設立。
様々な企業やジャンルと関わり、その中でバッグ業界の仲間と知り合う。
服と鞄、異なるジャンルの商品開発を経験し、両方の工程の違いを活かし、企画及びデザイン活動を行なっている。
近年は、その豊富な経験と柔軟な発想を活かし、廃材を用いたアップサイクル商品企画をファッションのプロの視線で開発している。
学生や若手アーチストとの交流もあり、常に新しく、リアルで楽しい企画を得意とする。
2007年 レザーバッグMagnu(マヌー)ブランドをスタート。
2015年 廃棄エアバッグ再生プロダクトyoccatta TOKYO(ヨカッタ トーキョー)ブランドスタート。
2017年 株式会社マヌーを設立。
解体廃棄される自動車のエアバッグをおしゃれなバッグとして生まれ変わらせているブランド「yoccatta TOKYO」。どのような背景から誕生したのか、商品に対する想いなど、代表でありデザイナーの伊藤さんにお聞きしました。
”使われない事を願って”エアバッグを研究開発しているエンジニア…尊い仕事だな〜と思った。
廃棄されるエアバッグを使用されることになった経緯について教えてください。
伊藤さん:
『SDGs』という言葉は、まだ使われていなかった2014年、東京のクリエイターを集めて、リバースプロジェクト(クリエイティブな視点から社会課題を解決するプロジェクト)が主催する、廃棄エアバック再利用についての説明会がありました。
ファッションデザイナーは、いつも新しい素材を探しに展示会を回っていて、いろんな素材を触りに行っているんです。その時も、”エアバッグを触ってみたい”と思って、参加しました。
その説明会でエアバッグを開発する、自動車メーカーのエンジニアの方のお話を聞いて衝撃を受けました。
『人の命を守る為に、日々エアバッグの研究に取り組んでいます。事故に遭わず、作動しない事を願いながらこの仕事をしています。
しかしながら、運良く事故に合わずに廃車になった車の『未使用のエアバッグ』は、実は、焼却廃棄されています。未使用とは言え、安全基準上、再使用が認められていません。また、繊維素材は、リサイクルできない為、処分するしか道が無い。是非、再利用の方法を考えてください。』
これだけ一生懸命やっているのに、捨てられるのは忍びない…というようなことをお話されました。
使われないことを願いながら、作っているということに、ファッションデザイナーとしては考えられなくて…。
エアバッグエンジニアの仕事…何と尊い仕事だと思いました。
それで私が何とかしなきゃなって、その時思いました。
また、その説明会で、自動車解体工場の社長の話も聞けました。
エアバッグは、再生できないので、資源としての価値がない(=売り物にならない)ので、普通の解体工場ではエアバックは取り出さず、ぐしゃっとつぶして塊にして。何もかも混ざった感じで捨てられます。
何か利用価値があるのではないか?
この工場は意識が高くて、お金になるかどうかわからないけど、わざわざエアバッグを取り出していたんです。
ブランド名に込めた想い
『エアバッグが作動しなくてヨカッタ』『無事でヨカッタ』
安全に対する技術と開発者の方への感謝も込めて、ブランド名を「yoccatta TOKYO」
としました。
yoccatta/≪ヨカッタ≫は、エアバッグが作動しなくて≪ヨカッタ≫。エアバッグが捨てられないで≪ヨカッタ≫。笑顔になれて≪ヨカッタ≫—いろんな”感謝の気持ち”を込めています。
エアバッグはカバンの素材として適していたのですか?
伊藤さん:
説明会では、切り取ったエアバックが置いて有りました。それを触るともうカバンにしかならないと思ったんです。
66ナイロンという繊維は、有名な糸で、強度が有り、良くカバンに使われている素材。
また、シートベルトも、業界のサンプル帳で見ていた素材なので、そのまま使えると思いました。
▲人気アイテムのシングルハンドルトート(左)とダブルハンドルトートM(右)
(画像出典 yoccatta TOKYO)
商業的なファッションブランドとして成立させる
形になるまで苦労されたことやこだわりの点などは?
伊藤さん:
あくまで『ファッションブランド』の商品として作っています。
エシカルを全面に押し出しているいわゆる『エシカルブランド』とは異なるポジションにいます。
ファッションの工場で制作し、商業のスタイルに乗っかっているプロダクトなんです。
しかし、ファッションの仕事をしてきた人なら、通常で考えると採算がとれるものではなく、商売にはならない事は、目に見えていました。
2015年創業当時、SDGsという言葉は使われていなかったので、意地悪な人には、
『廃材なのに何でこんな高いんだ』って、言われました。
廃材アップサイクルの難しさは、その工程にあります。
まずは、廃棄エアバックとシートベルトを自動車解体工場から集め、まずは洗浄します。
自動車解体工場でエアバッグは人為的に作動爆発させてから、切り取り回収します。
その為、火薬臭が有り、熱で飛び散ったプラスチックの粉もついていて、それを削ぎ落とさないといけない。
また、ハンドルから出てくるエアバッグは、シャンプーハットみたいな円形に縫ってあるから、そのままでは裁断できないんですよ。立体系から平面の状態に分解しないといけないんです。
とても手間のかかる作業の連続です。
量産型縫製工場では、反物=生地を裁断して縫製するので、この廃材の下処理工程は、
生産のプロ=量産工場では、嫌がって引き受けてもらえません。
工場ではなくて、カバン職人の工房だとやってくれますが、価格がすごく高いカバンになってしまう。
ナイロンのバッグとして買いやすい値段で出すには、やっぱり量産の工場でやってもらわなきゃいけない。
その作業を受けてくれる工場を探し出すことが、最初の難関でした。
▲廃棄自動車からエアバッグとシートベルトを回収。トートバッグのタイプで、3~4台の車のエアバッグを使用。素材のシワや汚れ、安全のためのステッチが入り込むなど、個体差があり、全く同じバッグはない。当初はクレーム扱いされたが、最近では、逆にそこを評価し、楽しむ人が増えてきている。
(画像出典 yoccatta TOKYO)
生地問屋や繊維商社が絡めないこの工程を、協力してくれる異業種の方々と、根気強く丁寧に繋げていきました。
製品化に漕ぎ着け、長く作り続けるためのチームを作るのが、大変でした。
地産地消と福祉工場 障がい者就労支援
当初は、中国で生産していたんです。工場は、廃材の解体から、縫製まで引き受けてくれていましたが、小ロットでの工賃が合わなくなり、また、廃材の輸入に中国が規制を掛けるようになりました。
『日本の廃材を国外に運び出す事』『裁断クズの管理と処理』等に配慮し、国内生産に切り替える事にしました。
しかしながら、量産工場では出来ない(やりたがらない)工程を、どうするのか?誰にやってもらうのか?
自動車メーカーさんに、この問題を相談したところ、知的障害者の方々が働く”自動車部品組み立て工場”を紹介してくれました。
ファッションの工場では難しいこの工程を、『福祉工場』が請け負ってくれる事になりました。
▲取り出してからひとつひとつ丁寧に使える生地にしていく。
(画像出典 yoccatta TOKYO)
なぜこの値段になるのかというのは当然、
大量生産して安く、という話を持ちかけられることもありますが、”価格を下げる為だけ”の大量生産は、売れ残ると在庫となり、経理処理上”捨てる”事になります。逆に売れると、追加生産の際、工場側は値切られる事になる…どこかの国の誰かが泣くことになります。
『日本の福祉工場』に材料の下処理作業を協力してもらい、『日本の工場』で、裁断し縫製する。縫製のクウォリティは良くなり、困った時の意思疎通が早く、納得した物作りが出来るようになりました。
ただ、買う人は、商品を見たときに大体『いくらぐらいだろうなぁー』と想像するじゃないですか。
プライスを見る前に、これは2万円ぐらいだろうなと思うのか?もっとするんじゃないかなと思うのか…近づきながら、品定めをしますよね。
デザイナーは、その価値をコントロールする、または、価値を創り出す仕事だと思っています。
Mede in JAPAN (国内生産)にすると、どう頑張っても1万円以上のカバンになる。
だったら、お客様が、損したなと思わないようにしなきゃいけない。
ファッションとしての楽しさと、プロダクトとしての完成度を持ち合わせた
商品でないといけない。
手作り商品をバザーで販売するというような価値ではなく、やっぱりファッションビジネスとして成り立たなきゃいけないと思っています。そこが今一番の課題ですね。
デザイナーとしては、責任重大ですが、やり甲斐を感じています。
『 見えないカッコ良さ』が購入動機に加わる!?煽りから”理由” の時代へ
2000年を過ぎた頃から、『欲しいモノが無い』『欲しいモノが見つからない』とマーケティングの世界でよく言われて…デザイナーとして『欲しいモノを作り出す』ように言われていました。
70年代に本格的な大量生産の時代に入り、90年代にはグローバル社会が始まりました。21世紀に入り、インターネットも普及して、人々にモノやそして情報も、行き渡るようになりました。
日本においては、粗悪品は見当たらず、どれを買っても品質が良く、極端に差がつく事は、ほとんど無い…。
ビールを例に上げると、どの会社のビールも”美味い”。『味』で差をつけるのが難しい。TVコマーシャルに誰を起用するか?で売り上げが左右される…。
今では、そんなマーケティングの時代になっています。
モノを欲しがる最大の理由である、物質的に”困る”事がなくなった訳です。
そうなると、差をつけるために『欲しい』気持ちを煽るようになる。
欲しいモノの上位にあった自動車でさえ、『欲しい車が無い』のではなくて、そもそも『車を欲しがっていない』状態に至っています。
車を持っていなくても困らないし、恥ずかしい感じもしない。
モノを欲しがるもう一つの理由である『ステイタス』も、あまり必要ではなくなってきているように感じています。
モノを買うときにどっちも素敵だけど、こっちにしよう…という『理由』。
今までは、『見た目のカッコ良さ』だけだったけど、
『見えないカッコ良さ』…モノの裏側にあるエシカルな視点やポリシーが、
欲しい『理由』になるのかもしれない!?『理由』が重要な時代になったと感じています。
分かりやすい例は、パタゴニアさん。
フリースジャケットは、2900円で買えるのに、値段が10倍高くても、ブランドのポリシーに惚れ込んで買っている人いますよね。
スーパーで150円で売っている大根も、オーガニック食品専門店では、泥のついた大根が1000円で売っていたりとか。
ファッションは、カッコよくなりたい…とか、キレイになりたい…とか、
『欲』のエネルギーで成り立ってきました。
yoccattaは、ファッションブランドとしての挑戦なんです。
ビジネスとして大変なことが多いですが止めようと思われたことは?
伊藤さん:
未だに大変なことの連続で、運営も大変ですが、理念は出来上がったんですが、やっぱりこの挑戦は、続けていきたい。
yoccatta TOKYOブランドをやり始めて気づいたんですけど、やはり出会った人達の人間力と言いますか、志と実力に支えられている部分が大きいです。
コンセプトを共感してくれる人が、少しずつ増えていって、その繋がりから、新しい展開が始まっています。
SDGsの目標から感じること「何かひとつ変わりなさい」
SDGsの目標のなかで特に注力しているものはありますか?
伊藤さん:
SDGsの17の目標はあれだけたくさんありますが、『何かひとつで良いから取り上げて、変わりなさい』って言われているような感じがするんです。
全部を実践するのは難しい。だから自分ができることから…。
yoccattaの活動は、SDGs開発目標12「つくる責任、つかう責任」にあたると思います。yoccattaの商品を選んで頂いた事が、『何かひとつ変わること』のきっかけになってくれたら、幸いです。
ただ、平和であってこそのSDGsで、戦争の最中は、そんな余裕はないですからね。
yoccatta TOKYOオフィシャルサイト
https://yoccatta.tokyo/
オンラインショップ
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